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有川浩『レインツリーの国』

前記事『聴覚障害者が登場する小説』を参照。
その際、ネット検索で多くヒットしたフィクション小説の1冊に心惹かれ、Amazonで確認。

レインツリー『レインツリーの国』
(著)有川浩
新潮社文庫
(2009/6/27)

あーーー!!
あの『図書館戦争』シリーズの作者じゃんか!!
まだ読んだことはないが、メガヒット作品なのは知っていた。
ただ私は元来、メジャーなモンには興味を惹かれないタチなんで、普通にスルーしとった(爆)
「へえ〜意外や意外」と思いながら、Amazonレビューを追っかけてみたら……
ん? 有川さんって、もしや女性??
……気になってwikiしたら、やっぱり女性だった!
『有川浩』って紛らわしいよね。
ハガレン(鋼の錬金術師)の『荒木弘』もずっと男性だと信じ込んでいたけ〜、実は女性だったと知ったときは本気でぶったまげたな。


ああ、前フリが長くなった。
話ブッタ切るが、とりあえず評判は良い上に薄いし、文庫版なら値段もお手頃じゃけ〜早速買って読んでみたよ。


一言、参ったね。


今まで自伝やフィクションに関係なく、聴覚障害者について書かれた本はそれなりに読んできた。
しかし、私が納得ゆくものは一度も巡り合ったことはなかった。
みんなそれなりに書いている。書いているが、やはり結局は『耳が聞こえなくても前向きに頑張っている。色々あったけど、聞こえない自分を受け入れている。どう信じ、どう生きるかは自分次第。そして周りへの感謝』みたいな美談で終始することが多かった。
違う。
私が求めているのは断じて、そんな美しいものじゃない。

もっと何かがあるはずだ。
美しいままで終わらせていいほど、耳が聞こえないことは、そんな簡単なものじゃない。


死ぬことよりつらい運命を生き続ける。
『生きる』ことを『仕事』だと思えなきゃ、やっていけない。
健常者と混じるたびに感じるこの必死さを、綺麗事でごまかされるのはうんざりだ。


ああ、そうだね。
自分でももっと気楽に生きられたらと思う。
思うが、人と寄り添えない頑な自分にも気落ちしてしまう。


だから、泣いたね。
『レインツリーの国』でやっと、自分の一部が報われたような気分になったよ。
それにはやはり、主要登場人物である『伸』と『ひとみ』が社会人設定なのは大きい。
何故ならば、聴覚障害者は社会に出てからが一番つらく孤独だからだ。
毎日更新される情報、それらを忙しなく追っかける誰しもが皆、早口戦士。
「ゆっくりはっきり話して」「もう一回言って」「筆談でお願い」さえも許されない雰囲気。
だから聴力をフル稼働させてまで『聴く』ことに懸命で、本来のストレス以上に神経をすり減らしていく毎日。
勉強が本分領分で、自分のことだけ考えていれば良かった学生時代よりしんどい。
まあ……私の場合は、友達がいない孤独より仕事で忙しい孤独の方がまだマシだと思うが……それでもやっぱり。


以下、『レインツリーの国』を読んで心動かされた文章を引用しながら紹介しよう(ネタバレ)
かなりの長文につき、最後までお付き合いできる方はどうぞ。

【登場人物】
伸(伸行)=健聴者・関西人。
ひとみ=中途失聴者・東京人。

P.61
売り場を出ながらもう一押ししたが、ひとみは笑って会釈しただけだった。
P.62
それでも振り返り気味にちょっとしたことを話しかけてみるが、やや遅れてついてくるひとみにはやはり聞こえにくいのか、困ったような笑顔で首を傾げられるばかりだった。

わかるわかる!
ひとみがそんな反応をするのは、何を言っているのか聞こえなかった・わからなかったが、再度聞き直すのも相手に悪い・申し訳ないとためらってしまう場合。
私とまったく同じ!


P.63
「天気残念やったな、せっかく出て来てもらったのに」
「そんなことないですよ、私も会いたかったですし」
天気のことを振ったつもりだったが、ひとみは台詞の後半に引っかかったらしく、フォロー口調の返事だった。

わかる!わかるよ〜〜!!
私にもこんな「しまった!失敗した〜!」と聞こえなかった故の的外れな返事をすることが多く、相手に変な顔をされることしばしば。


P.64
それにしてはまっすぐ見てくるよなぁ、と伸行は少し視線を泳がせた。会った時から思っていたが、向き合うと見つめ合う態になる。どうでもええけど自意識過剰な奴なら俺に気があるとか絶対思うでこれ、などとわざわざ考えたのは勘違いするなよと自分への警告だ。

そうそう!
これ、特に男性がよく勘違いするんだよね〜〜。
私が相手をまっすぐ見つめるのは、ただ唇を読むためなんよ。あくまでも読唇術。
それを「彼女、俺に気があるのかな?キモイな〜〜」とか変に誤解されたり敬遠されたりして……ああ、健聴者は普通こんなことしないんだな、と自分でも気をつけるのに大変だよ。


P.68
ゆっくり話す子やな、と話しながらそんな印象を受けた。喋る速度が遅いわけではないのだが、こちらの話をじっと聞き入って、それから返事が来るので会話のテンポが自然とゆっくりになる。おっとりしているからそうなるのかと思ったら返す言葉は意外と率直だったり、なかなかパターンが掴めない。

これは私と話す時に感じる健聴者の反応とほぼ同じ。
ただ私は、中途失聴のひとみと違って聾に近い難聴のため、発音・発声のおかしさが目立つ。それ故に、健聴者はそのおかしさやゆったりしたテンポに、面倒臭く感じることがしばしば。
だから、聴覚障害者がどんなものかを知ろうとしない健聴者は、そんな私を早々と勝手に見切ってしまう。
P.75
微妙な居心地の悪さはひとみのキャラが掴めないことにもよる。

この一言に尽きるんだろうな。
健聴者自ら「どの程度聞こえないの?」「どのくらい話せるの?」などと聞こうとせず、私が耳の聞こえないことを知ると勝手な偏見と先入観でシャットダウンしてしまうから、いつまでも微妙な居心地の悪さが続くんだよね〜。
P.99
自分に迷惑がかかったら、途端にうるさそうな顔になる人はいっぱいいるんです。それが現実なんです。

私がどの程度聞こえないか話せないか説明したくても、理解してもらいたくても、それすら許されない雰囲気がある。だから「またいつものことか」と匙を投げて諦めてしまう。


P.98〜99
だって伸さん、「聞く」と「聴く」の違いって分からないでしょう?
「聞く」っていうのは、耳から入ってきた音や言葉を漫然と聞いてる状態で、健聴者はみんなこれができるんです。意識しないでも何となく会話ができるんです。
「聴く」っていうのは、全身全霊傾けて、しっかりと相手の話を聴くことで、私にはこれしかできないんです。
(中略)
伸さんは何の気なしに「聞いて」何の気なしに「会話」できますよね。私は違うんです。

そーーーなんよ!
これこそ長年、私が健聴者に言いたくても言葉にできなかったもどかしさのすべて!!
最初からこんなふうに健聴者へ上手く表現できていたら私、何かが変われたかなあ?


P.104
俺ら、今初めてケンカしてるよな。ごめん、無神経なこと言うてもええ? ケンカできるくらい俺らお互いライン割ったんやなって今ドキドキしてる。
ケンカしようや。ガッチリやろうや。お互い言いたいことも溜まってると思うし、仲直りするためにきちんとケンカしようや。

本当は私、過去に「ケンカしてもええ。それほどまでに信頼してもええ。もっと仲良うしたい」と思える人がいた。
でも相手は私との仲が余計こじれるのが嫌、楽しくやりたいと思っていたけ〜私の挑発に最後まで乗ってくれんかった。おかげさまで、あっけなく終わったわ。
だからこそ伸の台詞は切なく、私の心の琴線に触れたね。
『ケンカできるほど仲が良い』という法則があるように、思いっきり自分を出して初めて分かり合える。
そ〜ゆ〜ことを言える寛容な人って、今の時代にはなかなかいないよね。
直接話もしたことがないのに、勝手に腫れ物に触るかのような接し方をされて、私が気づいていない・平気でいられると思っている?
いつも保身に走りすぎて、引け腰・逃げ腰・弱腰な人ばっかで……
合わせてくれない健聴者に、私ばかりが必死すぎて疲れるよ、はあ〜〜。


P.114〜115
聴覚障害は二重の障害でもある。
(中略)
この困難の根の深さを想像だけで把握できる人間はまずいない。
(中略)
その効果も伝音性ほどは期待できない。
P.122
そして「話せるのに聞こえない」という点において健聴者から理解されにくいのは中途失聴者や難聴者である。
(中略)
中途失聴者や中途難聴者は、残存聴覚をフル活用して(中略)そのことによるデメリットも多く受ける。

健聴者から言われたことで、私が今までで一番キレたのは、
「あなたは耳が聞こえないけれど、それなりに聞こえるし話せる。目に見えない障害で良かったね
何も分かってねえで勝手なこと言ってんじゃねえよ!!
もちろん、相手に悪気はないとは分かっているが、やっぱり聴覚障害を簡単な事で済まそうとするのが許せなかった。付き合いの長かった相手だけに尚更。
そんなことを一度、他ブログで綴ったことある。
すると「何言ってんの?そんなことでキレる理由が分からない。相手は当然のことを言っただけと思う」みたいなコメントが来たよ。憮然としたね〜。
当時の私はそれに反論するほどの言葉もままならなかったから、大したことも返せずに鬱憤するしかなかった。
だから、有川さんの文章にはホンマ救われたね。


P.115
伸:あー、それ寂しいな。曖昧に笑ってるしかないもんな。

伸のこの言葉が、私の胸の真ん中に「ズトーン!!」と重く直撃したね。突撃並みに。
そうなんよ!
多数コミで誰かに話しかけられても、まったく聞き取れない。
しかし、その場の空気は壊したくない。
だから、相槌を打つ以外は何も返せないで、曖昧に笑っているしかない……そんな自分が居心地悪くて、すっげぇみじめ。
あーなんで自分はこんなに面倒臭い存在なんじゃろ〜嫌じゃな〜。

だから、次ページでのひとみの驚愕には、すんごく共感したね。
P.116
伸の相槌に心臓が体に悪いような脈を打った。
どうしてこの人、こんなことが分かるんだろう。
(中略)
だが、そうしたことを詳しく説明せずに理解してくれる健聴者はなかなかいない。

私こそ!
どうして有川さん、こんなことが分かるの!??

泣いたわ。


P.116〜119
ひとみ:学生の頃は事情を分かってくれてる友達が周囲にいたのでまだよかったんですけど……就職したらどうしても孤立しがちで。いちいち障害の度合いなんか説明して回れないし。
(中略)
伸のような性格はひとみにこそ必要なのに。
(中略)
伸の感想は率直で、率直なだけに気が楽になった。そんな酷いことが許されていいのか、などというキレイごとのリアクションは逆に辛い。キレイごとで状況は変わらないからだ。
(中略)
ちゃんと自分の状態を周囲に主張できたらあんなことも。嫌な記憶がお化けのように蘇った。慌てて蓋をする。

私も感音性難聴で高い音が苦手だが、ひとみと違って私は女性より男性の声が苦手。
特に、煙草や酒で焼いた・潰れたようなしゃがれた声・ハスキー声はもっと苦手。
通りがよく、はっきりした声が聴こえやすい。
逆に音楽の場合だと、女性より男性ボーガルが聴こえやすい。
人によるんだよね〜苦手とする声は。
また、私の職場は人事異動が激しいところじゃけ〜耳が聞こえないことをいちいち触れ回るのも滑稽だし、相手も誰かから私が聞こえないことを知ると変に避けるし。
だから、伸みたいに堂々と真正面からぶつかってくれる人は大変ありがたい。
本当、……綺麗事じゃないんだよ。


P.121〜122
一般的には中途失聴や難聴は、人生の途中(日本語を獲得した後)に聴覚に障害を受けたものであり、……
(中略)
聾や聾唖はといえばそのほとんどが第一言語を手話とし、手話コミュニケーションを母体とする独自のコミュニティを持つことが多い。

この文章を読むと、私の場合は聾と難聴の中間である『中途難聴者』でいいんかな?
どっかで『準ろう』って言葉を見たことがあるが、一緒にしても大丈夫かな?
私は日本語を獲得する前に聴覚障害になったから『聾』に該当するが、早いうちから発声・発音訓練を受けた上でそれなりに「聴こえる・話せる」から『難聴』にも該当するんよ。


P.114
中途失聴と難聴と聾、聾唖は一般的に『聴覚障害』として十把一絡げで把握されている概念だ。
P.122〜127
伸:でも何となく、もしひとみさんが聾の人やったら、俺にはコミュニケーションは難しかったかもしれんなと思う。
(中略)
伸とだったらいつか一緒に習ってもいいな、と思ったことは今は言わずにおく。

聴覚障害者といっても、ちょっとでも聴力や発声の程度が違うと、カテゴリーも文化も違ってくる。
私の場合、頑張ればそれなりに聴こえるし話せるし、音楽だってその気になれば聴ける。
しかし、それさえも聴こえない話せない方から見れば「生意気」だと思われる。
昔の話になるが、今まで『難聴者』と自称していた先輩が社会に出てからの挫折感で「俺らはもう音を捨てる。聴こえない。声も捨てる。話せない。完全に聾者となるから、お前らも音を捨てろ!声も捨てろ!」と言われたよ。
当然ぶちキレた私は反論したね、巻き込むなと。
私はまだ聴こえたいし話せたい。狭い世界に籠って安心したくない。
それを聾者は「プライドが高い」と一刀両断するんよ。
何故、聴こえる・話せることが「プライドが高い」のか。
何故、健聴者に混じって生きることが「プライドが高い」のか。
努力を捨てればそこまで。
聾者同士で自分を可哀相がって安心して何になる?
ますます社会での不適合者となり、自分も弱小化するだけ。
そんな女々しいことを言うあんたたちこそ、ただの僻みじゃろ〜が!!
もちろん考え方が柔軟な聾者もいるが、私と年齢が近い人たちは一度思い込んだらとことん頑なだったからね〜。
聴覚障害者といっても十人十色、同一視しない方がいい。
同族嫌悪みたいな部分もあるけ〜自分は自分、相手は相手と割り切った方が身のため。

……難しいな。


P.147
「大勢の人が注目してる前で、私の耳のことなんか言いふらさないで」
P.148
「見過ごしたくて見過ごしてるんじゃないです。言ったじゃないですか、意味ないからって。無駄なんですよ」
「ああいう人が(中略)そんで『障害者はウザイ』しか記憶に残らないんですよ、どうせ」

胸が詰まったね〜。
たくさん傷つきすぎて諦観してしまった者にしか吐き出せない痛みだからこそ、共感できる言葉。
実際現実、私も同じことを思っている。
しかし、同時に諦めてしまった自分に対する甘えでもあることも知っている。
P.150
「……そうやって世界で自分しか傷ついたことがないみたいな顔すんなや」
「いっつも自分の耳悪い苦労ばっかり言うよな。気遣い行き届かへん俺を責めるよな。でも、(中略)都合がええ時に都合のええところだけつまみ食いで誉めてもらっても、こっちかてたまらんときはあるんやで」

だから、看破されたかのような伸の台詞で、有川さんの洞察力に感嘆したね。


P.173〜179
恥ずかしくて、情けなくて、伸と向き合うことが辛かった。
(中略)
どうせ他人には分からない、この痛みは分からない。その投げやりな思考停止は、……
(中略)
痛みにも悩みにも貴賤はない。
(中略)
仕方ないじゃない、私ハンデがあって性格もめんどくさくて、普通の女の子みたいにかわいくいられないんだもの。

この嵐みたいな内面は、まさに昔の私を見ているようでデジャヴを感じたね〜。
ひとみと違って私の親は聾唖者だから苦労の連続だったが、異性に関するとね……(苦笑)


P.188
まだこんな面倒くさい私に付き合ってくださるなら、ぜひよろしくお願いします。
P.214〜215
今日、多分恋は叶った。でもきっとこの恋はいろいろ難しい。伸もひとみもきっとまだまだここからぶつかる。
(中略)
二人なら乗り越えられると楽観的になれるほど現実が優しくないことも知っているけれど。
(中略)
そんな自分を伸が変えてくれた。そのことは絶対忘れない。

そっくりそのまま、自分にも言える。
やっぱ私もひとみと同じように色々と面倒臭いし(苦笑)、伸みたいな男性がいれば一歩前へ踏み出す勇気が持てる。
障壁を乗り越えて、ふたりで強くなる。
ああ、理想的だな。


以上、引用終わり。


ホンマに何でもない普遍的な話、普遍的な恋。
だけれども、聴覚障害者という主題に真っ向から取り組み、ふたりの紆余曲折を的確に徹底的に掘り下げた内容は等身大で、痛くも優しい。
感動を超えて畏敬の念すら覚えたよ。
自分でも言葉にできない、もどかしい思い、誤解されがちな現状が、健聴者の有川さんによる達文で分かりやすくまとまっている。
すべてに納得できて、非の打ち所がない。
まるで自分のことかのように、すんなりと入り込めた。
それこそ私が長年探し求めてきた小説。


『レインツリーの国』を書いてくれた有川さんに、最大限の「ありがとう」を贈りたい。


この本こそまさに、中途失聴者や、私みたいな難聴者を本当の意味で理解するのに相応しい入門書。
興味を持った方はぜひ読んでほしいな。
おすすめ☆


P.S. 伸みたいな人は現実にもいる。私にも過去2人いた。2人とも天王星人(−)だったよ。(+)だと人の好き嫌いはあるが、(−)は分け隔てをせず真正面からぶつかっていくタイプが多かったな。芸能人で言えば、ビートたけしさんがそれにあたる。
2010.04.23 Friday 21:23 | - | - | 
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